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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7274号 判決 1998年5月21日

原告

北川サチ子

被告

久保田悦子

主文

一  被告は、原告に対し、金一六万五六九八円及び内金一四万五六九八円に対する平成四年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一九二八万二九〇三円及び内金一七五三万二九〇三円に対する平成四年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通貨物自動車が原告運転の原動機付自転車に衝突して原告が負傷した事故につき、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成四年四月二二日午後六時一〇分頃

場所 大阪府枚方市松丘町二一番先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 普通貨物自動車(大阪四〇れ二七六七)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

事故車両二 原動機付自転車(枚方市や六六〇六)(以下「原告車両」という。)

右運転者 原告

事故態様 被告車両と原告車両とが衝突

2  損害の填補

原告は、被告側から本件事故に関し、合計一八〇万円の支払を受けた(このうち、六〇万円は仮払仮処分命令[無担保]に基づく支払であるが、これについても既払の扱いとすることに争いがない。)。

二  争点

1  本件事故の態様(被告久保田の過失、原告の過失)

(原告の主張)

原告は、原告車両を運転し、本件事故現場の三叉路付近をそのまま直進した。ところが、被告の運転する被告車両が一旦停止もせずいきなり飛び出して右折したため、原告を跳ねて負傷させたものである。

(被告の主張)

本件は、住宅街の三叉路で起きた出合頭の事故である。すなわち、被告が被告車両を運転し、南北道路を北進して交差道路を右折し終わった時に、左方からこの交差道路を進行してきた原告車両と接触したものである。被告進行道路には一旦停止の規制はない。

被告進行道路は、急な上り坂となっており、被告車両の右折の際の時速は、一五ないし二〇キロメートル程度であった。他方、原告車両も本件事故直前の速度は被告車両の速度と同程度であった。

2  原告の損害額

(原告の主張)

(一) 治療費 五二三万八四九八円

(二) 通院交通費等 三万四〇三一円

(1) 通院交通費 四五六〇円

(2) 通信費・コピー代 四九五七円

(3) ヘルメット 二万四五一四円

(三) 休業損害 五七六万九六七三円

(四) 傷害慰謝料 三〇〇万円

(五) 後遺障害逸失利益 二四九万〇七〇一円

(六) 後遺障害慰謝料 二五〇万円

(七) 弁護士費用 一七五万円

(被告の主張)

不知。

原告は、平成四年一一月二六日頃には、既に症状固定時期に達している。したがって、右時期以降の治療費・通院費等につき、被告は賠償義務を負わない。

就労について強い障害が考えられるのは、事故から一か月程度であり、就労に障害のある期間は余裕をみるとしてもせいぜい平成四年六月中頃ないし七月下旬までである。したがって、右期間を越えて休業損害は生じない。

本件事故により、ヘルメットに買い替えを要するような損傷が生じたとは考えにくい。また、物損については、平成四年六月一六日付で、原告・被告間に示談が成立しているから、原告はヘルメットについての損害賠償請求権を有しない。

原告の後遺障害については、既に自賠責調査事務所で等級非該当と認定されている。原告の後遺障害に関する損害(逸失利益、後遺障害慰藉料)の主張も理由がない。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(検甲一1ないし8、乙一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府枚方市松丘町二一番先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場は、東西方向の道路(以下「東西道路」という。)に南北方向の道路(以下「南北道路」という。)がほぼ垂直に突き当たるT字型の交差点(以下「本件交差点」という。)付近であり、信号機による交通整理は行われていなかった。東西道路の幅員は約三・四メートル、南北道路の幅員は約三・七メートルであった。東西道路、南北道路とも一時停止等の規制は行われていなかった。南北道路は、北に向けて上り坂となっており、同道路を南から走行してきた場合、本件交差点における左右の見通しは悪い。東西道路を西から走行してきた場合、本件交差点における右方の見通しは悪い。

被告は、平成四年四月二二日午後六時一〇分頃、被告車両を運転し、南北道路を南から北に向かって走行していたが、時速約一五キロメートルで本件交差点を右折したところ、別紙図面<×>地点において、東西道路を同程度の速度で進行していた原告車両と衝突し(右衝突時の被告車両の位置は、同図面<3>地点、原告車両の位置は同図面<ア>地点)、同図面<4>地点に停車した。原告は同図面<イ>地点に転倒し、原告車両は同図面<ウ>地点に転倒した。被告は、右衝突時点まで原告に気づいていなかった。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告が、本件交差点を右折するに際し、東西道路を直進進行してくる車両に備えて左右を注視しながら走行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠って漫然と本件交差点を右折しようとした過失のために起きたものと認められる。しかしながら、その反面において、南北道路の本件交差点手前には一時停止規制が行われていないこと、衝突位置が東西道路の北端から約一・六メートルであり、同道路のほぼ中央であること(東西道路の幅員は、前記のとおり約三・四メートルである。)にかんがみると、原告としても、本件交差点に進入する際には、南北道路から進行してくる車両の動静に注意し、これに対応した進行方法を採ることが期待されていたというべきところ、右の注意に欠ける点があったというべきである。したがって、本件においては、一切の事情を斟酌し、二割の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点2について(原告の損害額)

1  傷病・治療経過等

証拠(甲一2、三一、六二、六七、七四1、乙二1、2、五、七、八、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和一七年四月二九日生)は、本件事故当時、主婦業の傍ら付添看護婦及びクリーニングの取り次ぎを行っており、クリーニングの配達の途中で本件事故に遭った。

原告は、本件事故当日の平成四年四月二二日、救急車にて枚方市民病院に搬送され、頭部外傷、骨盤打撲、左足打撲、両肘打撲、左母指打撲、頸部捻挫の傷病名で、診療を受け、当初の検査においては、僧帽筋等に圧痛が認められたものの、ジャクソンテスト、スパーリングテスト、ワルテンベルク反射の結果はいずれも陰性であり、腕の反射は左右とも正常、知覚障害もなく、指の精細運動も良好であり、X線検査(頭部[頸椎含む]、左肘、左足、骨盤、左母指)でも異常は認められなかった。なお、原告には、既往症として高血圧があり、本件事故当時、有澤総合病院に通院中であったが、枚方市民病院における初診時の血圧検査でも、最大血圧二〇八、最小血圧一〇六と高い血圧値を示していた。同病院では、X線検査上異常なく、神経学的にも異常を認めなかったため、投薬にて症状観察を続けていたが、原告は、同年七月三日まで実日数合計九日間通院して(同年四月中に四日、同年五月中に二日、同年六月中に二日、同年七月中に一日)、その治療を中止した。

その後、原告は、平成四年七月二九日から、田中外科に通院するようになり、頭痛、左肘痛、右肩痛等を訴え、頭部外傷第二型、後頭部打撲傷、右肩・左肘痛(打撲後)、腰痛症(捻挫)、外傷性頸部症候群の傷病名で保存的治療が開始された。通院初日のX線検査(頭部[頸椎含む]、右肩、腰椎)では異常は認められず、同年八月二二日に実施された頭部CT検査、脳波検査においても、異常は認められなかった。同病院では、温熱療法、低周波、変型機械矯正術、湿布処置を中心とする療法が続けられたが、同年一一月二六日の受診時には、原告から、「四、五日前から目の前が揺れてきて耳鳴りがある」との訴えがあり、同日実施のX線検査(頸椎)上、第三・第四頸椎間に軽度前方屈曲ありとされ、右療法を続ける外、眩暈剤の投与も行われた。平成五年一月八日の受診時には、原告は、血圧に関しては、有澤総合病院にて投薬を受けている旨説明をしている。原告は、平成八年三月三一日まで通院し、同様の治療を続けた(通院実日数九九三日)。

原告は、有澤総合病院内科において、ふらつき、耳鳴りを訴えたため、平成五年四月二七日、同科から同病院耳鼻咽喉科に診療依頼が行われた。同科では、眩暈症、両耳鳴症の傷病名で治療が開始されたが、MRI上、脳・聴神経に異常は認められず、同年五月一八日実施の聴力検査で軽度感音障害が認められたが、耳管通気療法を実施したところ、症状が軽快した。同日付の同科友田幸一医師の診断票(同病院内科に対する返事)によると、眩暈の原因は、血圧による変化で、椎骨脳底動脈循環不全+頸性由来といえ、耳鳴りもその影響と考えられるとし、また、両耳管狭窄もあり、耳鼻咽喉科において通気療法を施行したが、同病院内科に対しても、血圧コントロールをよろしくお願いするとされている。以後、同年一一月二二日まで通院がなかった。同年一二月二一日付の診断書では、血圧コントロールによって、眩暈は軽減してきており、両耳管通気療法を実施中であるとし、今後も外来治療を続ける予定であるとされ、本件事故との因果関係は不明であると注記されている。平成六年五月二七日の聴力検査でも軽度感音障害が認められたが、前回の検査結果と大差なく、耳管通気療法が継続された。平成七年八月一日、原告は、医師から、「交通事故で頭部を打撲したというが、耳管の通気が弱いのは、そのためとはいえない。」と説明された。その後も状態はあまり変わらなかった。結局、同病院には、平成五年四月二七日から後記診断書記載の症状固定日である平成八年二月一四日まで八一日間通院した。

田中外科の田中衛医師は、平成八年三月三一日をもって原告の症状が固定した旨の診断書を作成したが、同診断書によれば、自覚症状は、頭痛、立ちくらみ、耳鳴り、耳閉塞感、手のふるえ、頸部痛等であり、他覚症状及び検査結果として、頭痛、右大後頭神経の圧痛著明、項部、背部にかけての疼痛、腰痛等があるとされ、X線写真上、第三・第四頸椎間で前角形成の傾向等があるとされている。なお、同医師は、平成七年八月一五日頃、症状固定の診断書を作成するかどうかは、有澤総合病院にあわせると話していた。また、後に、同医師は、症状固定という意味を原告に理解してもらうのに時間を要したと述べている。

有澤総合病院の崔信一医師は、平成八年二月一四日をもって原告の症状が固定した旨の診断書を作成した。同診断書には、傷病名として、眩暈症(椎骨脳底動脈循環不全)、両耳鳴症、両耳管狭窄症が掲げられ、平成四年一〇月より、眩暈、耳鳴り出現、以前より高血圧存在、現在血圧コントロールにて眩暈軽減、両耳管通気療法実施中、症状の増悪、軽快なしと記載されている。また、原告代理人からの照会に対し、同医師は、平成九年三月六日付の書面において、<1>聴力検査上は、日常生活に支障はないと考えられること、<2>仕事は可能と考えられること、<3>本件事故と右傷病との間の因果関係については肯定も否定もできず、不明であることを回答した。

自算会調査事務所は、原告の後遺障害につき、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級表に該当しないと判断した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  症状固定時期、後遺障害等級

前認定事実、とりわけ、<1>原告は本件事故当時、高血圧の治療を受けていたこと、<2>眩暈については血圧コントロールによって対処されていること、<3>有澤総合病院の友田幸一医師は、耳鳴りについても血圧による変化の影響と考えられると判断していること、<4>同病院では、眩暈と本件事故との因果関係は不明であるし、耳管の通気が弱いのは、本件事故のためとはいえないと判断していること、<5>眩暈、耳鳴りが生じてきたのは、本件事故から半年以上経過した平成四年一一月頃からであることに照らすと、原告の傷病のうち、眩暈症、両耳鳴症、両耳管狭窄症については、これと本件事故との間に相当因果関係が存在することを認めるには足らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、以下では、眩暈症、両耳鳴症、両耳管狭窄症による症状は除いて検討する。

そして、前認定事実に照らすと、原告の後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級に該当するとは認められない。この点、原告は、後遺障害等級一二級を下らないと主張するが、原告の症状は、有意な他覚症状としては圧痛のみであり(田中外科による頸椎X線検査所見は、田中衛医師自身が「軽度」とか「傾向」という表現を用いていること、枚方市民病院では異常なしと判断されていることに照らすと、右頸椎の状態は正常と異常との境界付近に位置する程度のものであると考えられる。)、神経学的な異常所見も認められないこと、高血圧によっても、前記眩暈、耳鳴りの外、頭痛、肩こり等を生ずることがあることにかんがみると、頭痛、手のふるえ、頸部痛等の自覚症状と本件事故による受傷との関係を医学的に説明するには足らないという外なく、原告の右主張を採用することはできない。

また、前認定事実(枚方市民病院、田中外科における治療・通院状況)を総合すると、本件事故に基づく原告の症状は、平成四年一一月末日には固定していたものと認められる。この点、田中外科の田中衛医師作成の前記診断書には、症状固定日は平成八年三月三一日であると記載されているが、同医師が症状固定の診断書の作成について有澤総合病院にあわせると話していたこと、症状固定という意味を原告に理解してもらうのに時間を要したと述べていることに照らすと、右診断書の記載をそのまま信用することはできない。また、有澤総合病院の崔信一医師は、眩暈症、両耳鳴症、両耳管狭窄症の傷病名につき、平成八年二月一四日をもって症状が固定した旨の診断書を作成しているが、前記のとおり、眩暈症、両耳鳴症、両耳管狭窄症と本件事故との間に相当因果関係が存在することを認めることはできないから、右診断書記載の症状固定日を参考にすることもできない。

3  損害額(過失相殺前)

(一) 治療費 六三万八二〇〇円

原告は、本件事故による傷病の治療費(平成四年四月二二日から同年一一月末日まで)として、六三万八二〇〇円を要したと認められる(甲一15ないし20)。

(二) 通院交通費等 四五六〇円

(1) 通院交通費 四五六〇円

原告は、本件事故による通院交通費(平成四年四月二二日から同年一一月末日まで)として、四五六〇円を要したと認められる(甲三1ないし4、弁論の全趣旨)。

(2) 通信費・コピー代 認められない。

本件事故と相当因果関係にある通信費を認めるに足りる証拠はない。

(3) ヘルメット 認められない。

本件事故による物損については、既に原告・被告間で示談が成立しており(乙四)、原告は、被告に対し、ヘルメット代についての損害賠償請求権を有しない。

(三) 休業損害 一〇三万九三六三円

前記争いのない事実、証拠(甲七〇、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告(昭和一七年四月二九日生)は、本件事故当時、主婦業の傍ら付添看護婦及びクリーニングの取り次ぎを行っていたと認められる。平成四年度女子労働者賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計四五ないし四九歳の平均給与額は、年額三四〇万二四〇〇円であると認められるから(当裁判所に顕著)、原告の労働全般についても、右金額をもって評価するのが相当である。そして、前認定事実に照らすと、原告は、本件事故日である平成四年四月二二日から前記症状固定日である同年一一月末日までの二二三日間につき、本件事故により平均して五〇パーセント労働能力が制限される状態であったと認められる。

以上を前提として、原告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 3,402,400×223/365×1/2=1,039,363

(一円未満切捨て)

(四) 傷害慰謝料 七五万円

原告の被った傷害の程度、治療状況等の諸事情を考慮すると、右慰謝料は七五万円が相当である。

(五) 後遺障害逸失利益 認められない。

前認定のとおり、原告につき、後遺障害別等級表に該当する後遺障害を認めることははできず、後遺障害による逸失利益を認めることはできない。

(六) 後遺障害慰謝料 認められない。

右のとおり、原告につき、後遺障害別等級表に該当する後遺障害を認めることはできず、他に後遺障害慰謝料を計上すべき事情は認められない。

4  損害額(過失相殺後) 一九四万五六九八円

以上掲げた原告の損害額の合計は、二四三万二一二三円であるところ、前記の次第でその二割を控除すると、一九四万五六九八円(一円未満切捨て)となる。

5  損害額(損害の填補分を控除後)

原告は、被告側から本件事故に関し、合計一八〇万円(うち六〇万円は仮払)の支払を受けているから、これらを前記過失相殺後の金額一九四万五六九八円から控除すると、残額は一四万五六九八円となる。

6  弁護士費用 二万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は二万円をもって相当と認める。なお、原告は、弁護士費用については、遅延損害金を求めていない。

三  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告に対し、一六万五六九八円及び内金一四万五六九八円に対する本件事故日である平成四年四月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面 交通事故現場見取図

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